FASHION
蔵前を洋服屋が集う街に。「木宮商店」が挑む〈ファッションと教育〉の改革
2017年12月、蔵前に誕生したあるセレクトショップによって、もしかしたら未来は少し変わるかもしれない。
蔵前といえば、最近では「東京のブルックリン」とも呼ばれるおしゃれな町として知られている。台東区という歴史が詰まった土地にありながら、イノベーションが起きやすいゆったりとした時が流れる静かな町だ。
思わず写真を撮りたくなるような素敵なカフェやコーヒーショップがちょうど良い大きさと間隔で店を構える。散歩がてら色々なお店を楽しむのに適したまとまり具合と独特の穏やかな空気で、都会の喧騒とは違った魅力がある。でもこの町に流れるおしゃれな雰囲気の中に、洋服の香りはあまり感じられない。
そこに小さなセレクトショップがオープンした。国際通りから一本裏に入った「ダンデライオン チョコレート」のすぐ近くにあるセレクトショップ「木宮商店」では、若手ブランドを中心にここでしか手に入らない服や雑貨、アクセサリーを販売している。そのラインナップはこの地に寄り添うように、素材やシルエットにこだわったシンプルなものから個性的でインパクトのあるデザインなど豊かに揃う。
店主の木宮 隆佐さんに、洋服とは少し離れたこの地にお店を開いた理由と、木宮商店が掲げるコンセプトである〈ファッションと教育〉について伺った。
「販売員の地位の低さ」を変えるため
四年制大学に通いながらバイトとして入ったメンズブランドにそのまま就職し、6〜7年販売を担当していたという木宮さん。その後アパレルのコンサルに2年在籍し、販売にとどまらず様々な仕事に従事する。
服を通して出会う人達の生き様が素敵で、販売員という仕事に魅了されていったという。しかし、いざ憧れのファッション業界に足を踏み入れてみると、そこに待ち構えていたのは甘くはない現実だった。ひとつは、洋服が好きで働いていたはずの人がどんどん疲弊し、洋服への情熱が薄れていくこと。もうひとつは、販売員の地位が低いこと。
特にこの「地位の低さ」を木宮さんは危惧している。製品の魅力を消費者に直接伝えるとても重要な仕事であるのにも関わらず、ファッション業界の中で「販売員」は給料が低く評価基準も曖昧。さらには他業界への転職の際にアピールポイントにならないなど、ここで羅列しただけでもあまり魅力的な職種とはいえない状況だ。
販売員を長く続けてきた木宮さんは、この現状を変えようと一念発起。洋服が好きで、「販売員」に誇りを持つ人が夢を持ったまま仕事を続けられるようにと、セレクトショップ「木宮商店」を立ち上げた。
販売員の価値や仕事の魅力を伝えるにはメディアや人材事業など、様々な切り口がある中であえてショップという形を選んだのは、「販売員が育つ場所」を作りたかったから。ショップコンセプトに掲げる〈ファッションと教育〉というのは、「服育」という意味だけではなく、販売員を育てるという意味での教育も含まれている。
さらに、買い付けでは若手ブランドを集めることを意識。「ブランドのプラットフォームになればいい」と語るように、ブランドにとってはビジネスを学ぶ場所であったり、来店客にとっては新たな出会いの場になることを目指している。例えば2018年春夏コレクションより開始したウィメンズブランド「Akihide Nakachi」はインスタグラムで発掘した新鋭ブランド。まだ取り扱い店舗も少ないため、「ここにしかない」という理由で新規の客が来店し、ファンにつながっていくのだそう。
蔵前を「洋服屋」が集う町にするために
蔵前は洋服のイメージがあまりなく、どちらかというと「モノづくりの町」というイメージ。まだこの地に洋服というイメージがないからこそ、人が集まらない場所に人を集めたいという強い思いで蔵前を選んだ。
まずは木宮商店を中心に、靴のメーカーや帽子のブランドなど、近隣の様々なお店を絡めながら蔵前=ファッションというイメージを根付かせることが目標。「モノづくりの土壌が既にある町なので、ここに住む人の目利きはとても鋭くて、しっかり接客をすればまた来店してくれる。」そう語る通り、撮影中も常連と思われる地元客がふらりと来店した。
蔵前にファッションのイメージをつけた後は、いよいよ販売員の教育に力を入れていく。面白い洋服屋が集うことで個性豊かな販売員の繋がりができ、優秀な人材が集まることで競争力が生まれる。そんなプラスの循環を作り出すため、木宮商店が率先してそうした環境を作っていくという。
「労働環境や給料も正して、うちが率先してホワイト企業にならないと(笑)お店のコミュニティができたら優秀な販売員を育成するスクールなども考えています。」
木宮さんが考える「優秀な販売員」とは、洋服人として“町”を紹介できる人。服の着こなしだけではなく、その人のライフスタイルまで想像して洋服以外のところまで提案するのが、売るだけではなく生み出すことができる優秀な販売員なのだ。
「ファッション業界って熱量が高い人は確かに多いけど、その熱がうまい方向に進んでいない業界だと思う。ちゃんとその熱がうまく循環するシステムを作れば、同じ思いを持った人でスタートアップ的に町を盛り上げていけると思うんです。」
単純に「ここでしか見られない服」が見たい人も、ファッションと町おこしについて話したい人も、販売員のこれからについて考えたい人も、一度は訪れる価値のある店。
蔵前からファッションを発信し、そこで生まれた優しいコミュニティに小売の未来を見出そうとする木宮さんの目標は「2020年までに二店舗目を出すこと」。緩やかな時間が流れる町の小さな一店舗から始まる<ファッションと教育>の改革を、私たちは現在進行形で目撃することができるのだ。