FASHION
そこは服を介して人生を紡ぐ場所だった。静岡で三代続くセレクトショップ『ARISS』の話
服を買った場所を覚えているか
「服ってどこで買う?よく行くお店ってどこ?」そう尋ねられた時に、パッと出てくる場所はあるだろうか。ふらふらとウィンドウショッピングをして衝動買いをしたり、寝る前になんとなく見ていたECでお気に入りの商品にハートをつけたり、たくさん服を見ているはずだけど、買い物をした場所はすぐに答えられない。
無意識のうちに情報が流れ込むこの慌ただしい時代に、自分の居場所を見つけるのはなかなか難しい。あの時どんなことをして何を感じ、今にどう繋がっているのか。それを覚えているのは自分だけかもしれないけど、実はもう一つ、記憶しているものがある。
服。毎日着ては脱いで、着ては脱いで、知らぬ間に自分自身となっているもの。文字通り肌身離さず身につけ、人生の瞬間を共にする一枚の布は、記憶に繋がるメモリーホルダーでもある。それはまさしく自分の居場所ではないだろうか。
「よく行くお店ってどこ?」その質問に答えるなら、静岡県磐田市の女性たちは『ARISS』と答えるだろう。JR磐田駅から10分ほど歩き、低価格衣料の大型店や飲食店を越えると、大通りの角に立派な平屋がある。まさか高感度なセレクトショップだとは思いもよらないその外観に圧倒されながら中に入ると、代表の伊藤真人さん、妻の真美さんが出迎えてくれた。
磐田で愛され70年
━━ とても大きくて立派なお店ですが、どういった経緯で『ARISS』が誕生したのでしょう?
真人さん(以下、敬称略):この建物は昔割烹料理屋だったんですが、14年程前に駅前からここに移転してきました。実は『ARISS』は創業70年以上になる老舗のショップなんです。最初は大手アパレル企業の専門店から始まり、磐田市内でも場所を変えたり、時代に合わせて業態を変えたりして今のセレクトショップという形になりました。三代目の私たちになってからは8年目くらいですね。
店を継ぐ前は音楽関係の会社や輸入商材を扱う通販の会社で働いていました。その後アパレルに転職し、妻と出会います。
真美さん(以下、敬称略):私はここの生まれではなく、山口県下関市の出身。東京の服飾専門学校を出た後、販売員としてセレクトショップなどで働いていて、ずっとファッション一本で仕事をしてきました。『ARISS』では主にバイイングや接客、商品構成、インスタグラムの更新などを行なっています。ECや経理など、裏方の仕事は彼の担当です。
━━ そもそもファッションに興味を持ったきっかけを教えてください。
真美:ものづくりが好きだったので、中学生ぐらいから独学で服作りをしていました。ファッション雑誌は破れるくらい見てましたね(笑)自分で作った服を着て自分らしくいることが本当に楽しくて、服は自分の一部でした。絶対ファッションの道に進むと決めていて、専門学校ではデザイン・パターン・縫製などを一通り学んでいます。
真人:私は生まれた時からこの店で洋服に囲まれていたので、ファッションが特別な存在というわけではありませんでした。だからこそ他に好きなことをやって過ごしていたし、この仕事に就くまで知識なんてほぼ無かったくらい。でもブランドの歴史など文化的な話はとても好きだったので、そこに興味を持ちました。こういう時代だからこんなデザインが生まれるんだろう、この人だからこんなブランドになるんだろう、と想像して解釈していくのが楽しいんですよね。
お客様を何より大切に
━━ EZUMi(旧 YASUTOSHI EZUMI)、A PUPILといった日本のコレクションブランドや、TELAやKAREN WALKERといったインポートブランドを扱っていますが、取扱ブランドへのこだわりを教えてください。
真美:まず、私たちが入るよりずっと前から来てくださる、長年の顧客様の感性にも合う洋服選びが根底にあります。一方、新しい顧客も作っていきたいので、今来ているお客様にも「ここまでだったら気に入ってもらえるかな」というラインを探りながら攻めのバイイングも行なっています。
今はカジュアルが流行ですが、『ARISS』のラインナップでは「きちっとしたもの」を意識します。静けさの中にある格好良さだったり、その中にも女性らしさを感じたり、欲張りなんですけど、そこが基準ですね。
もう一つ大切にしているのが、人との繋がり。デザイナー自身もそうですが、ブランドの営業担当も私達にとってはとても大切な存在です。「仕入れは一着からでもいい」と言われることもあるけど、そういった入れ方はしたくありません。一度取引をしたブランドとは長い付き合いをしたいので、メインピースの数着だけといった入れ方ではなく、幅広いラインナップを揃えて店頭に置きたいんです。だってお客様からしても、数着だけではブランドの世界観がわかりませんよね。何シーズンか経てじっくりブランドを知ってもらうことで、ファンが増えていけば良いなと思っています。
━━ お客様の層はどれくらいでしょうか?
真人:40〜50代が多いですが、20代前半から80代まで、本当に幅広いですね。 八割方磐田市近郊から来てくださいます。皆様に共通しているのは、洋服が好きなのはもちろん、「きちんとしていたい」という意識。周りには大型ショッピングモールや安い衣料品店だってあるけど、そういうところで買い揃えるのではなく、「決して派手ではないけれど上質で美しい服」を身に纏いたい、という方が多いですね。
真美:県外からいらっしゃる新規のお客様や若い方は、SNSやネット経由でEZUMiなど特定のブランドめがけていらっしゃることもよくあります。
━━ 今も店頭でEZUMi 18AWコレクションの予約会をしていますね。ここにもブランドとの関係の深さが伺えるように思います。
真美:今の時期(6月末)は追加発注できるタイミングではないので、すでにうちでオーダーしたアイテムのサンプルや画像を並べて予約会を開いています。商品発注前の、展示会と同じ時期に行う「オーダー会」という形式ならより多くのラインナップから選んでいただけますが、シーズンの半年前に洋服を注文することは、一般の人にはハードルが高いはず。お客様の目線や考え方に寄り添うべきだと思っているので、私たちはこのくらいの時期に「予約会」として開催しています。
身につけるモノ、プラスαの力とは
━━ ショップコンセプトに「素敵なものを身につけることで、不思議と心身ともに充実し、いつもの景色もより輝いて見えるもの。 “デザイン” ”素材” に “プライド” を持って創り上げられるアイテム達からは、「身につけるモノ+α」の力を感じてもらえると思います。」とありますが、『ARISS』が考える「身につけるモノプラスアルファの力」とは何でしょうか?
真人:心や周りの環境に影響を及ぼす力でしょうか。好きなものをひとつ身に付ければ気分よく仕事に行けたり、新しい服をおろす日は少しワクワクしたり。生活の向上といったら偉そうだけれど、日々の生活のちょっとしたところで背中を押してくれる力があると思っています。
真美:つい最近も顧客様が高校生の娘さんを連れてきたんですけど、自分が着なくなった丈の短いスカートを娘さんがいつの間にか着ていたから譲ることにしたそうです。お母さんの思い出が受け継がれて、またそこに娘さんが新しい想いを込めていく。
その子はまだ高校生だしうちに置いてある価格帯の服は買えないだろうけど、こういうお店に来て上質な物に触れるだけで、ファッションや服に関して何か感じてもらえることがあるのではと思っています。その子がもし通うようになってくれたら、お客様も三世代目になりますね(笑)
真人:その子はきっと生活の中で、お母さんやおばあさんが揃えた上質な洋服に触れているので、知らず知らずの間に着こなしとか、ものの選び方を覚えていくのだと思います。
━━ お客様と時間を共有することで、一緒に成長しているような感覚ですね。
真人:長く来ている人だとその人のワードローブまで把握しているので、あの時買ったこれに合わせられますね、とかそういう話ができます。お客様の時間もだし、うちの家族の成長も見られていますね(笑)
真美:「昔はソファーでずっと寝てたのに」とかよく言われるよね(笑)
真人:お客さんからしたら不思議な感覚かもね。フィッティングで遊んだりいたずらしてた子どもが今お店を任されてるんだから(笑)
真美:うちの息子も「あの時走り回ってたよね」って言われる日が来るかもしれないね。
━━ それは楽しみですね!もし息子さんに「ブランドを作りたい」「メンズを取り扱いたい」とか言われたらどうしますか?
真人:大変だよって言いながら好きにやらせたいです。洋服を売る店を継ぐというのは、ずっと同じものを作り続けて愛される団子屋さんとは違います。全く同じものを継ぐというより、時代の流れを汲みながら新しいものを作っていく感覚に近いですね。
━━ 変化しながらも三代愛され続けるってすごい。お客様との信頼関係があってこそですね。
真人:やっと今、という感じですよ。
真美:嫁いで来た私は磐田という土地のことも店のことも知らないし、顧客様にとっては「誰?」という感じで、最初はとても大変でした。でも本当に良いお客様がいてくださるので、色々なことを教えて頂きながら少しずつ信頼関係を築いていって、変化の波も時間が解決してくれた気がします。
真人:他と同じ事やっても仕方ない。新幹線も止まらない地方都市だからこそ、その地に根付いた居場所となるような店を作り上げていかねばと思います。「洋服で困った時はARISSに行こう。」と思って来てくれることが理想ですね。三代続いてはいるけれど、店の看板ではなく信頼は結局、人についてくるものですから。
磐田をもっと盛り上げたい
━━ 最後に、お店の目標を教えてください。
真人:ファッションが盛んな都心に比べたらまだ感度は低いけど、店に来る来ないに関わらず、近くに住む人の「洋服に対する意識」を変えていきたいと思っています。安い洋服屋さんはいっぱいあるけど、そうじゃない服があるということを知ってもらうきっかけが『ARISS』ならいいなと。
真美:磐田は私が生まれ育った山口とも、仕事をしていた東京・九州とも雰囲気が違います。8年ここに住んで感じたことですが、磐田の方たちは控えめな方が多いなと。少し派手なものを身につけると目立ってしまう環境で、洋服は好きだけど目立ちたくはない。そういう方たちに一歩踏み出して好きに着飾ってもいいんだよ、ということを伝えられるお店になっていきたいです。
若い世代も含めて、洋服やファッションに興味を持ってくれる人が増えれば嬉しいですね。ファッション業界全体の流れも盛り下がっている中、もう一度ファッションの価値を上げていきたいなと思っています。
編集後記
場所を変え時を経ながらも、『ARISS』は洋服を介して様々な人の人生が交わる居場所になっている。ここに足を運ぶ人は、ワンシーズン着たら捨てられてしまう服が溢れたこの時代に、服を服としてだけではなく、人と人を繋ぐ媒体として捉えることができるのだろう。それを教えてくれるのが『ARISS』であり、その店を作ったのは、他でもないここに集う人々なのだ。
「理想のセレクトショップですね」思わずそう口走った。