FASHION
青いジャージとストリートスナップの話《水曜のケセラセラ》
こんにちは、ROBE編集長のAzuです。気まぐれ連載《水曜のケセラセラ》第13回目になりました。前回はファッションの考えはどうやって構築されるもの?というお話でした。今回はビル・カニンガムのお話。
ビル・カニンガム。彼は『ニューヨーク・タイムズ』紙でストリートスナップを撮り続けた、伝説的なフォトグラファー。生涯現役を貫き通し、先日87歳でこの世を去りました。
2013年に公開された映画「ビル・カニンガム&ニューヨーク」で名前を知った方も多いかもしれません。恥ずかしながら、私もその一人でした。
ストリートスナップが盛り上がりをみせ始めた数年前より遥か昔、ファッションはストリートから生まれると最初に気づいた人。カメラ片手にNYの街を自転車で駆け回り、時には世界のファッションウィークへ飛び、40年以上 “ 素晴らしい着こなしの女性 ” を撮り続けてきました。
彼がレンズを向けるのはハイブランドに身を包んだファッショニスタでもなければパパラッチが狙いたがるセレブリティでもありません。
“I just loved to see wonderfully dressed women, and I still do. That’s all there is to it ”
そう語るように、意思のある服を纏い、自分が生きる環境で最大限に魅力を引き出している女性に、心から惹かれ続けていたのでしょう。
「ファッションは排除すべき軽薄なものだと思われがちだ。けれど、ファッションは毎日の生活を生き抜くための鎧だ。それは排除するわけにはいかない。文明をなくすのと同じことだからね」
映画の中で語られた彼の言葉は、ファッションがお祭り的なイベントになり、もはやカルチャーのメインストリームではなくなってしまった今、まっすぐと心に響いてきます。
パリで見た青いジャージ
私がパリコレで会場外スナップを撮り始めるようになって4シーズン目の2014年9月、はじめて彼をランウェイで見かけました。朝一番(9時半!!)に開催されるJUNYA WATANABEのショー。ファッションウィーク中の戦闘服に身を包んだ業界人たちが並ぶ中、あの青いジャケットを着たおじいちゃんがフロントローに座っています。
ちょうど対岸の右奥に座っていた彼をレンズ越しに見つけ、思わずシャッターを切ってしまいました。誰よりも真剣に楽しそうに服を見つめるその表情は、まるで生まれて初めて見た生き物を観察し愛でる子供のよう。何かのディテールに驚いたのか、口を開けてびっくりしている表情は思わずクスッと笑ってしまうくらい可愛い。
そんな彼に、一度だけ写真を撮ってもらったことがあります。どんな写真だったのかは、ついに見ることはなかったけど。
どんよりと厚い雲がパリの街を覆った、とても寒い日。日本から持ってきたレモン色のマフラーで顔まで覆ってショー会場の前をキョロキョロしていた時でした。
(この写真はビルおじちゃんではなく、友人が撮ってくれたものです。チュイルリーにて不意打ち。)
青いジャケットに映える白髪にしわくちゃの笑顔、キラキラと輝く小さな瞳。背の曲がったおじいちゃんが満面の笑みでちょこちょこと近づいてきたと思えば、カメラと人差し指をピンとあげ、一枚いい?とジェスチャー。
「あ、ビルおじちゃんだ」
突然現れたヒーローに一瞬身構えたけど、彼の笑顔につられてこちらまで口元が緩む。私が巻いていた黄色のマフラー、目がビジューでできたキツネの顔と尻尾がついた愉快なアイテムなのですが、彼はおそらくこれが気に入ったのでしょう。
1枚パシャりと撮られると、私もすっかり彼の笑顔に癒されてしまって、顔の横でOKサイン(今思えばなんと馴れなれしいことか!)。そんな小娘の挙動にも同じようにOKサインで返してくれたあの時の笑顔は忘れることができません。「良かった、ちゃんと楽しんで服を着れてたんだ」と、その時ホッとしました。wonderfully dressed women に一歩近づけたの、かも。
毎シーズンパリにやってくるわけではないので、一瞬でも同じ空気を同じ地で吸えたこと、まっすぐと目を見つめられたことを本当に嬉しく思います。たった一度しか会ったことはないけど、もう会えないと思うと本当に悲しい。そう思わせるだけのパワーって、単純にあの笑顔なんだと思う。
彼のようにファッションと真摯に向き合いながら、カメラで切り撮るとは別の方法で wonderfully dressed women を考えていきたい。私はフォトグラファーではないけれど、ファッションは大好きだから、やっぱり次もオフランウェイに赴かねば。
“ I knew from photographing people on the streets that the news was not in the showrooms. It was on the streets. ” − Bill Cunningham
Text : Azu Satoh