LIFE & CULTURE
“肝心なのは何を手に入れるかじゃなくて何を捨てるかなんだ”--写真家ソール・ライターが切り取り続けた「日常」という奇跡。日本初の回顧展はBunkamura ザ・ミュージアムにて6月25日まで。
現在渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムで大好評開催中の『ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展』。ライターを知らない人たちにも、「こんな写真撮ってみたい」「イイって思うものを続けていいんだ」と現在に優しい光を照らしています。ライターとはどんな写真家だったのか、生涯大切にしたこととは。洒脱なセンスで世界を切り取り続けた作品たちは、見逃す理由がありません。
カメラを始めたきっかけは、NYでの “画家” 夢追いのため
コムニストが政治家よりも影響力を及ぼし、『LIFE』 誌に載れば一夜にして無名の写真家がスターダムへと上り詰められた1950年代のアメリカ。W・ユージン・スミスら筆頭に、マグナム・フォトの巨匠たちと同世代だということを鑑みれば、当時の勢いが手に取るようにわかるでしょう。
時を同じくして1923年にペンシルベニアで生まれたソール・ライターは、 1940-1950年代に、『ハーパーズ・バザー』をはじめとしたモードファッション誌で “売れっ子写真家” として活躍していました。しかし、順風満帆に見える彼の写真家人生は、画家になるべく、生活資金を稼ぐために始めたに過ぎませんでした。
画家を目指していただけあって画角を切り取る才覚は、写真を初めて間もないライターにすでに備わっていたようです。アート的な特徴が目に見えてわかることでしょう。
しかしながら58歳で突然NYのスタジオを閉鎖、次に世界がその名前を見つけるまで半世紀以上の時間を要しました。2006年にドイツの出版社シュタイデルが初の写真集『Early Color』を発表するまで、彼の名声も作品も、すっかりアートシーンから姿を消していたのです。
日常の豊かさを切り取りつづけた稀有な写真家
表舞台から姿を消していた間、ライターはNYの住まいの近くで “自分が撮りたい写真” を撮り続けていました。現に、美術史家で評論家のマックス・コズロフはライターをこんな言葉で評価しています。
マックス・コズロフ(美術史家、評論家)が、ある日私にこう言った。「あなたはいわゆる写真家ではない。写真は撮ってはいるが、自分自身の目的のために撮っているだけで、その目的はほかの写真家たちと同じものではない」彼の言葉が何を意味するのかがちゃんと理解できたかどうか分からないが、彼の言い方は好きだ。
(Max Kozloff said to me one day, “You’re not really a photographer. You do photography, but you do it for your own purposes– your purposes are not the same as others. I’m not quite sure what he meant, but I like that. I like the way he put it.)
その言葉にあるように、彼の写真はあくまでライターの “撮りたい” という欲求によるものばかり。そして彼が被写体として愛した対象はあくまで日常生活を営む近所を行き交う人たちであり、彼がシャッターを押した写真のほとんどは、当時〈アート写真=モノクロ〉という概念が根強い当時にしては異例のあたたかいカラー写真たちでした。
私は色が好きだった。たとえ多くの写真家が軽んじたり、表層的だとか思ったりしても。
(I liked color even though many photographers looked down on color or felt it was superficial or shallow.)
富や名声よりも大切にした愛する生活、そして日本文化
最低限の生活資金以外多くを求めなかったライターは、目先の富や名声よりも “撮らずにいられない・描かずにいられない” 作品ばかりを作りつづけました。(その副作用とも言うべきか、当時懇意にしていたギャラリーがせっかく開いた個展も、鳴かず飛ばずだったとか。)本展覧会では、発表する目的ではない作品たちも多く目にすることができます。
そのひとつが絵画。アウトラインがなく、優しい色遣いは、あらためてライターの卓越した色彩感覚を思い知らせています。歌川広重ら浮世絵師たちの大胆な構図に影響されただなんて、まさにナビ派そのもの。また、ヌード写真の上から色彩をつけた絵画たちも、彼女とライターの関係性に思いを馳せながら鑑賞したいところ。
きっと、いざとなれば、古巣のファッションフォトグラフで生計と富を築くこともできたはず。そうしなかった本当の理由は彼のみぞ知る、といったところでしょう。すこしでも彼の本意を覗いてみたい方は、2013年公開のドキュメンタリー映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』(日本公開は2015年)をチェックしてみてくださいね。
写真をアートとして昇華させた人物がマン・レイといわれるように、もしかしたらカラー写真のそれは、ソール・ライターだったかのような気がします。
言わずもがな、“いま” この時代に媚び一瞬の栄華を極めることもひとつの選択。しかしながら「写真家 ソール・ライター」「画家 ソール・ライター」の作品たちをみて改めて思うことは、“これだ” と自分が心から信じて生みだしつづける大切さ。そして、世界がその価値に気づくか否かなんてことは、作品の良し悪しを決める要素にはなり得ない、ということ。
肝心なのは何を手に入れるかじゃなくて何を捨てるかなんだ。
(The important thing in life is not what you get but what you throw out.)
その発見者になるべく、鋭い審美眼を持ち続けること。それこそが今のメディアに必要とされている事のように感じました。過剰な情報の飛び交う今日に、ソール・ライターの作品と言葉は、ほんの少し立ち止まることを許しているような気がします。
ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展
会期:2017年4月29日(土)〜 6月25日(日)
開館時間: 10:00-18:00(毎週金・土曜日は21時まで ※入館は書く閉鎖の30分前まで)
入館料:一般 ¥1,400、大高生 ¥1,000、中小生 ¥700
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
主催:Bunkamura
協力:ソール・ライター財団、ニューヨーク市観光局、デルタ航空、富士フィルムイメージングシステム
後援:J-WAVE
企画協力:コンタクト